名古屋地方裁判所 昭和48年(タ)181号 判決 1974年10月01日
原告
田中春子(仮名)
右訴訟代理人
鍵谷恒夫
被告
田中秋夫(仮名)
<注・被告の住所不明>
主文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原被告間の長男三郎<仮名>(昭和四四年七月四日生)の親権者を原告と定める。
3 被告は原告に対し二一五万円およびこれに対する本判決確定の日から右支払済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
1 原告は、別紙(訴状関係部分写、但し、一部訂正)記載のとおり請求の趣旨および請求の原因を述べた。
2 被告は、適式な呼出をうけながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書等も提出しない。
3 本件証拠関係は、本件書証目録および証人等目録記載のとおりである。
理由
1<証拠>によると次の事実を認定することができる。
(一) 被告は、その先妻秋子(仮名)と昭和四四年九月二六日協議離婚したが、同女との間に長男一郎(仮名)(昭和三七年八月五日生、右協議離婚後のその親権者は被告)、二男二郎(仮名)(昭和三九年七月三〇日生、前同様その親権者は被告)があつたところ、自己が旅客誘致員として勤務する東急鯱バス株式会社でしり合つた原告(原告も当時同会社にバスガイドとして勤務しており、現在も勤務中)と昭和四四年九月二九日婚姻(の届出を)(原告は初婚)し、両名は被告の本籍地において被告の両親、被告の前記の先妻の子二人とともに結婚生活をつづけ、原被告間に長男三郎(昭和四四年七月四日生)をもうけていた。
(二) 被告は、昭和四五年二月頃から同年五月頃にかけて右会社の旅客誘致員として集金した金額二六三万二、九五〇円を、その頃同会社に入金せず自己の賭事等の遊興費として費消し、そのうち六六万六、〇七〇円を自己の親戚から借りて同会社に返済したが、右残金については返済の見込がたたず、止むなく、原告は被告と協力して両者の毎月の給料を合して、被告の給料分の殆んど全額を同会社への分割返済にあて、原告の給料分で親子三人の生活を支えることにし、同年九月頃から四八年六月頃にかけて右方法で分割返済をなし、原被告は右の残金とこれの遅延損害金合計二三〇万八、一九五円を完済した。
(三) ところが、被告は右の返済が漸く終ろうとする昭和四八年六月二四日頃原告に行先をつけずに突然家出して消息を絶ち、その後約一ケ月位たつてから一度家に寄りついたが、その際も原告に対し被告が何処で何をしていたかを全然知らさず、すぐさままた家を出てそのまま消息を絶つた。
(四) 被告の家出後、原告は被告の親との折合も悪くなり、被告が飲屋等他に借金を残したまま家出したためその取立などに責められたこともあつて被告の実家にいずらくなり、原告は同年七月末頃長男を連れて原告の肩書住所地の原告の実家に帰らざるをえなくなつたが、被告は現在にいたるまで原告に何らの音信もせず、その住所は不明で、もとより、原告の生活費等にあてるべき金員の送付等も全然しない。
原告としては、被告がどこかのスナックの女将と同棲しているらしいとか、時たま自己の実家にその様子をみるため立寄るらしいとかの噂を耳にするだけである。
(五) 被告は前記の不始末とは別に、昭和四四年六月二八日頃原告の父親からも仕事のためと称して九五万円を借りうけ、そのうち三三万円は返済したが残金の返済を今もつてなさないので、原告は自己の両親に対しても肩身のせまい思いをしている。
(六) 以上のような状態なので原告は被告との婚姻関係をつづけることを諦め、離婚を決意したが、原告は右のような被告の仕打により精神的打撃をうけ、また本件離婚につき幼い長男をかかえ、今後の身の処し方等についても非常な不安にかられ眠れぬ夜を送つている。
かように認めることができ、この認定に反する証拠はない。
2以上の事実によると、被告は正当な理由なく原告との同居義務および協力扶助義務を尽さないことが明らかであり、その他一切の事情を考慮しても本件婚姻の継続を相当と認めえないから、原告の本訴の離婚請求は被告の悪意の遺棄を原因とする点ですでに理由があり、また、右認定の事実関係の下においては、原告の申立のとおりの親権者指定をするのが相当である。
3原告は本訴において慰藉料として一〇〇万円の請求をするが、原告主張の右の慰藉料請求は被告の悪意の遺棄等本件の離婚の原因となるべき被告の個々の行為によるもののみならず、これらを含み、これらの個々行為の結果原告が余儀なくされた離婚自体によるもの、すなわち、本件離婚そのものによる原告の精神上の損害の賠償を求めているものと把握することが原告の主張の趣旨に照らし相当であると解されるのであるから、かかる慰藉料の請求については民法第七〇九条以下の不法行為ないしは債務不履行の一般規定によらしめず、民法第七六八条の財産分与の請求のうちに包含せしめ、この請求についての規定によらしめると解する方が合理的と考えられる(蓋し、そう解する方が、一方、実体的にみて離婚を余儀なくされた者の求めうる賠償の範囲が広くなり、手続的にみてもその者の離婚給付の手続がより簡便になるし、他方、民法第七六八条の規定につき、これの沿革や立法趣旨、その性格からみて同条にいう財産分与の請求とは、その中に右のような慰藉料の請求をも含むものであるとこれを解釈することも決して背理ではないと考えられるからである。)ので、本件慰藉料の請求については右規定に従うことにし、この額につき考えるに、前記認定のような、被告の有責な行為、これらによつて原告が本件離婚を余儀なくされるに至つた経緯、程度、後記説示の夫婦財産の清算たる内容をもつ財産分与の額、その他諸般の事情を勘案し、本件離婚による原告の慰藉料の額を一〇〇万円と定めるのが相当である。
4 次に、原告はその主張の財産分与として一一五万円を請求するが、その主張の趣旨に照らし、これは民法第七六八条所定の財産分与請求のうちの夫婦財産の清算たる内容をもつものと解すべきところ、この額については、前記認定のような被告において費消した約二三〇万円を原被告双方が協力して完済した経緯、前記説示の慰藉料の額、その他本件における一切の事情を考慮し、これを一一五万円と定めるのが相当である。
5 なお、原告は、その主張する慰藉料および財産分与につきこれらに対する本件訴状送達の日の翌日からこれらの支払ずみにいたるまでの年五分の割合による遅延損害金の請求をするが、右慰藉料および財産分与はいずれも民法第七六八条所定の財産分与の内容をなすものに外ならないものであることはさきにみたとおりであり、この財産分与の請求権は本件離婚に伴つて発生し、その額についてもこの裁判の確定によつて形成的に決定されるものであるから、右遅延損害金の請求(申立)は、主文掲記の限度(なお、主文にいう本判決確定の日とは、その午前零時の経過をもつて本判決が確定すべきところのその日のことである。)では認められるが、その余のものはこれを認めるに由がないのであるが、そもそも、同条所定の財産分与そのものが本来審判事項であつてその申立(請求)の額につき裁判所が拘束されるわけではない(従つて、仮に右申立を減額してもその減額部分につき棄却の裁判は必要でない)のであるから、これの附帯請求(申立)のうち、それが認められない部分についても同様に主文において特にこれの棄却の裁判をする必要をみない(右の財産分与やこれの遅延損害金について不服があれば、離婚と一体として本判決そのものに対して上訴すれば足りる)。
6 訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用する。 (海老塚和衛)
〔別紙〕請求の趣旨
一、原告と被告とを離婚する。
一、原被告間の長男三郎の親権者を原告と定める。
一、被告から原告に対し金一一五万円也を分与する。被告は原告に対し右金額ならびにこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
一、被告は原告に対し金一〇〇万円ならびにこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
一、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
一、原告と被告は昭和四四年九月二九日婚姻した。
二、当事者間には昭和四四年七月四日、長男三郎が出生している。
三、その後当事者間には次のような事実があつた。
(1) 原告と被告とは共に訴外東急鯱バス株式会社の社員であつたところ、被告は旅客誘致員として集金した金二九〇万円の売上金を費消横領した。
そこで被告はこれに対して金六〇万円を自分の親戚から借りて返済したが残金金二三〇万円については返済の見込みがたたず、そこで原告はやむなく被告と協力して両者の毎月の給料を合して、被告の給料分を全額会社への返済にあてることにし、原告の給料分で親子三人の生活を支えることとして今日までに右金二三〇万円を返済し終つたものである。
(2) ところが被告は右返済が漸く終ろうとする昭和四八年六月二四日ごろ突然原告に行先をつけず家を出て今日まで消息を絶ち、原告親子を遺棄して今日に至つた。
会社の同僚の中には被告が名古屋市内で原告の知らないスナック「光」のママという女性と連れだつて歩いている姿を見かけたものがあるので、被告の家出の原因は、他の女性との内縁関係に入るために原告親子との共同生活を断つことにあつたと思われる。
(3) 原告と被告は、被告の右家出当時、被告の実家において被告の父母らと同居していたが、被告の家出後、原告と被告の親との間の折合も悪くなり、また被告のその余の借金約四〇万円の取り立などもくるため、原告は長男三郎をつれて、実家へ帰らざるを得なくなつた。
(4) 被告はこのほかにも原告の親から金九五万円を借りて、そのうち金三三万円は返済したがその余については全然返済の意思すらみせない。
四、以上の経過の後、原告は被告の仕打が辛抱できずここに被告と離婚することを決意した。しかしながら原告はまだ四歳にしかならない長男三郎をかかえて今後の身の処しかたについて眠れぬ夜を送つている。原告の本件離婚に伴うこの不安と同女がこれまで被告からうけた右虐待の苦痛をいやすためには少くとも一〇〇万円の金員による慰藉が必要である。
五、なお、
(1) 前記のとおり被告には民法七七〇条一項二号の悪意の遺棄および同条同項一号の不貞行為があり、かつ、前記のような被告の態度ではもはや円満な婚姻生活はできず同項五号の事由もあるので原告は被告との離婚を求める。
(2) 当事者間の未成年の子三郎については、現に原告がこれに深い愛情をそそいで養育しているのに、被告には今後も養育の意志がないと推定されるので、その親権者として原告を指定されることを求める。
(3) 原告は営々として四年間被告と共に同人の借財を返済してきた。
この消極財産金二三〇万円の解消についてその半分については原告の寄与が認められるので、財産分与として被告に対しその二分の一である一一五万円の支払を求める。
六、本訴請求において被告の住所不明のため離婚調停を経由していない。